大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)517号 判決

原告 五十嵐貞枝

〈ほか四名〉

右五名訴訟代理人弁護士 糸賀了

右訴訟復代理人弁護士 田口哲朗

被告 川崎鶴見臨港バス株式会社

右代表者代表取締役 間瀬孝次郎

被告 岩井信行

右両名訴訟代理人弁護士 中川隆博

主文

一  被告らは各自、原告五十嵐貞枝に対し金二九万〇七七六円および内金二三万〇七七六円に対する昭和五〇年二月一八日から、内金六万円に対する昭和五三年一月三一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自、原告五十嵐圀弘、同五十嵐麗子、同関屋紀美子、同石塚祐子に対し各金八万円および右各金員に対する昭和五〇年二月一八日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告ら

1  被告らは各自、原告五十嵐貞枝に対し金五三五万三四九〇円、原告五十嵐圀弘に対し金二〇〇万円、原告五十嵐麗子に対し金二〇〇万円、原告関谷紀美子に対し金二〇〇万円、原告石塚祐子に対し金二〇〇万円および右各金員に対する昭和五〇年二月一八日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二当事者双方の主張

一  原告らの請求原因

1  事故の発生

(一) 日時  昭和五〇年二月一七日午前八時五六分ごろ

(二) 場所  川崎市川崎区池田一丁目一六番一号先市道

(三) 加害車  事業用大型乗用自動車(横浜2き一二二一号・以下、加害車という。)

右運転者 被告岩井

(四) 被害者  訴外亡五十嵐信幸(以下、亡信幸という。)

(五) 態様  右市道を横断中の亡信幸が被告岩井運転の加害車に跳ね飛ばされた。

2  責任原因

(一) 被告川崎鶴見臨港バス株式会社(以下、被告会社という。)は、加害車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していたものであるから、原告らの後記損害につき自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条の責任がある。

(二) 被告岩井は、右市道を走行するにあたり、横断中の亡信幸の有無を確認すべき注意義務があるのにこれを注視せず、かつ、特に減速や徐行もしないで、漫然と加害車を運転して進行した過失により本件事故を発生させたものであるから、原告らの後記損害につき民法七〇九条の責任がある。

3  損害

(一) 亡信幸の死亡

同人は、本件事故のため、左第五指中手骨々折、右手および胸部挫傷、左肘部擦過傷、全身打撲傷の傷害を被り、左側半身が麻痺し、右事故後一〇九日間を経過した昭和五〇年六月六日脳血栓により死亡した。

(二) 治療関係費等

(1) 治療経過と治療費金六二万一七八〇円

亡信幸は、昭和五〇年二月一八日から同年四月一五日まで川崎市立川崎病院に通院(実治療日数五日)し、その間、同年三月四日から同月一七日(一四日間)まで入院し、続いて、同年四月二六日から死亡(四一日間)まで同病院に再入院し、原告五十嵐貞枝(以下、原告貞枝という。)はこの間の治療費計金六二万一七八〇円を支払った。

(2) 附添費計金六二万七〇〇〇円

亡信幸は、本件事故による受傷のため附添人を必要とする状態になったため、原告貞枝は、右事故発生日から死亡日まで一一〇日間、附添婦として訴外白井幸子を雇い、一日当り金五七〇〇円、合計金六二万七〇〇〇円を支払った。

(3) 雑費計金二二万六四九〇円

原告貞枝は、亡信幸の雑費として、次の金員の支出をせざるを得なかった。

(イ) 薬品代、治療器具代等治療関連費用(ぬり薬、痛み止め、湿布薬、サポーター、ガードル、ガーゼ、包帯、腹バンド、氷のう、氷枕、腰枕、円座、座いす、おむつ、シビン、シッカロール、ちり紙等)金八万二〇九〇円

(ロ) 物品購入および使用費(ふとん賃借料、ポット、テレビ購入費等)金一一万〇七四〇円

(ハ) 食費(亡信幸および附添人)、おやつ代、見舞客等接待費金二万三三八〇円

(ニ) 医師謝礼代(ビール券)金八四八〇円

(ホ) 入通院、死亡等証明書費用金一八〇〇円

(三) 慰藉料計金一、一〇〇万円

(1) 亡信幸の分金六〇〇万円

同人は、本件事故により右傷害を受けて死亡したため、多大の精神的損害を受け、これを慰藉するためには右金額をもって相当とする。

(2) 原告五名の分各金一〇〇万円

原告らは、本件事故により、夫であり父である亡信幸を本件事故で奪われ多大の精神的損害を受け、これを慰藉するためには右各金員をもって相当とする。

(四) 葬儀費金五〇万円

原告貞枝は、本件事故により死亡した亡信幸のため葬儀を行い、右金額を支出した。

(五) 弁護士費用金一〇〇万円

被告らは、本件事故により亡信幸および原告らが被った損害を賠償する責任があるのにこれを支払わないので、原告らは、やむなく、本訴の提起、訴訟の追行を弁護士に委任し、その着手金として金五万円を支払つたほか、報酬として金九五万円を支払う旨約束したが、これは原告貞枝において負担することになっている。

4  相続関係

亡信幸は、金六〇〇万円(前記3(三)(1))、原告貞枝は金三九七万五二七〇円(前記3(二)、(三)(2)、(四)、(五)の合計)、原告五十嵐圀弘、同五十嵐麗子、同関谷紀美子、同石塚祐子(以下、順次原告圀弘、同麗子、同紀美子、同祐子という。)は、各金一〇〇万円(前記3(三)(2))の損害を被ったが、原告五名は、亡信幸の相続人(原告貞枝は配偶者、その余の原告らは子)であり、その法定相続分に従って亡信幸の損害賠償請求権を相続取得したので、原告貞枝の損害は金五九七万五二七〇円、その余の原告らの損害は各金二〇〇万円となる。

5  損益相殺

原告貞枝は、自動車損害賠償責任保険(以下、自賠責保険という。)および国民健康保険から治療費全額に相当する金六二万一七八〇円の支払いを受けた。

6  本訴請求

よって、被告両名に対し、原告貞枝は金五三五万三四九〇円、その余の原告らは各金二〇〇万円および右各金員に対する昭和五〇年二月一八日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告らの答弁と主張

1  答弁

請求原因1の事実は認める。同2(一)の事実は認めるが、同2(二)の事実は否認する。同3(一)の事実中、亡信幸が本件事故のため全身打撲傷の傷害を被り、左側半身が麻痺し、死亡したことは否認するが、その余の事実は認める。同3(二)の事実中、(1)の事実は認めるが、(2)(3)の事実は知らない。同3(三)の事実は否認する。同3(四)(五)の事実は否認する。同4の事実中、原告五名が亡信幸の相続人(原告貞枝は配偶者、その余の原告らは子)であることは認めるが、その余の事実は否認する。同5の事実は否認する。

2  主張

(一) 本件事故と亡信幸の死亡との間には因果関係がないから、被告らには、原告らが主張するような損害賠償責任はない。

(二) 本件事故発生については、亡信幸にも過失があるので、損害賠償額算定に当りこの点を斟酌すべきである。

三  被告らの主張に対する原告らの答弁

被告らの右主張事実はいずれも否認する。前項2の主張については、亡信幸は本件事故で頭部に打撲を受けたものである。そして、同人は、生前、脳軟化症を罹患しており、脳の血管に障害を有していたと考えられるが、かかる状態下で本件事故に遭遇し、頭部打撲を受けたことは同人の死亡を結果した要因になっているものと考えられる。仮に、右頭部打撲が死亡の主たる要因であると認めることが困難であるとしても、本件事故による全身打撲等の受傷により、同人の健康状態が総体的に悪化し、死期が早められたものである。けだし、同人は、本件事故当時、七三才という体力を消耗し易い老人であり、本件事故による精神的、肉体的影響が、いかに大きかったかということは右事故後における同人の健康状態が右事故前のそれに比し極度に悪化したことによく示されているからである。よって、この点に関する被告らの右主張は失当である。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1、2(一)の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件事故現場は、小川町方面から八丁畷駅方面に通ずる歩車道の区別のあるアスファルトで舗装された平坦な市道(車道幅員約六メートル、歩道幅員各約一、五メートル、片側一車線)上であったこと、ところで、被告岩井は、本件事故直前、加害車を運転し、小川町方面から八丁畷駅方面に向け、右事故現場付近の同市道左側(車道)部分を進行中、進路前方に数台の車両が停止していたので、その後方で一時停止していたところ、まもなく、近くにいた誘導員より、同市道右側(車道)部分を進行するようにと指示されたため、これに従い、右斜め前方に向けて発車し、毎時約一〇キロメートルの速度で、同市道右側(車道)部分を進行中、同市道を左から右に向けて徒歩で横断中の信幸を左斜め前方に認めたが、このような場合、一時停車するなどして同人の避譲または通過を待ち、その安全を確認したうえ進行すべき注意義務があったにもかかわらずこれを怠り、同人が加害車の進行に気付いて一時停止してくれるものと軽信し、漫然とそのまま同所を進行した過失により、前記場所において、加害車左前部を同人に接触させ、その結果、同人に対し、左第五指中手骨々折、右手および胸部挫傷、左肘部擦過傷の傷害を負わせたこと(ただし、同人が、本件事故で右のような傷害を被ったことは当事者間に争いがない。)が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

右事実によると、本件事故は被告岩井の右のような過失が原因となって発生したものといわざるを得ない。

したがって、被告岩井は民法七〇九条により、被告会社は自賠法三条によりそれぞれ右事故によって生じた原告らの後記損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

二  ところで、《証拠省略》によると、信幸は、昭和五〇年六月六日脳血栓により死亡したものであることが認められる。

原告らは、本件事故と右死亡との間に因果関係が存在する旨主張しているけれども、これを認めるに十分な証拠はなく、却って、《証拠省略》によると、

1  亡信幸(本件事故当時満七三才)は、右事故日の翌日である昭和五〇年二月一八日川崎市所在の市立川崎病院で診察を受けたところ、医師は、同人に左第五指中手骨々折と右手・胸部挫傷、左肘部擦過傷を認めたが、同人の意識清明で、頭部に打撲等はなく(頭部ないし頸部には外傷がない。)、頭痛、嘔気、めまい等もなく、神経学的にも異常を認めなかった旨診断したこと、また、同医師は、同年三月三日に実施された亡信幸に対する頭部レントゲン検査でも異常所見も認めず、さらに、同年四月二六日脳血栓発症までの期間、神経学的にも異常を認めることができなかった旨判断していること、

2  ところで、亡信幸は、本件事故前である昭和三五年胃潰瘍のため胃切除を受け、その際、輸血血清肝炎に罹患し、また、昭和四六年心筋梗塞と診断されて一か月間通院加療し、昭和四八年には脳軟化症と診断されて二か月間入院加療したことがあること、さらに、同人は、昭和五〇年一月二一日息切れがする、手がしびれると訴えて同病院内科外来を受診し、陳旧性の後壁心筋梗塞、慢性肝炎、腎硬症と診断され、同病院に通院して、バスタレルF3錠、セルンシ6mg、ベストン75mgを後記脳血栓をおこすまで毎日服用していたこと、

3  そして、亡信幸は、本件事故による前記受傷のため、同年二月一八日から同年三月三日まで同病院に通院し、局所の湿布、バストバンドの着用、ポンタール一日六錠で七日間投与等の治療を受けたこと、その後、同人は、同月四日同病院整形外科に入院し、ブルフェン一日六錠投与と局所の湿布を受け、同月一七日退院し、以後、湿布とブルフェンの内服を二週間位続けていたこと、本件受傷による同人の右入院中の病状については、亡信幸の初診時から右入院時までの経過は良好で、右手、胸部挫傷、左肘部擦過傷等は軽度瘢痕を残すだけで治癒しており、左第五指中手骨々折に関してはアルフェンスシーネ固定で治療、経過観察中であったこと、そして、同人は、同年三月四日同病院整形外科入院後も経過良好で、骨折部の可動時痛、側胸部圧痛を残すだけで、明らかな脳神経血管障害を思わせる所見はなかったので、同月一七日退院したこと、

4  ところが、同人は、同年四月二六日午後一〇時半ごろ、自宅のこたつで意識を失って倒れているのを家人によって発見され、翌二七日同病院内科に入院したこと、同人の右入院時の意識状態はやゝ混濁していたが、指南力は保たれていたこと、そして、同人には左片まひ軽度、血圧144/80、軽度の言語障害があったこと、このようなことから、医師は同人を脳血栓と診断したが、同人は同月二八日以後意識障害が徐々に進行し、同年五月一三日昏睡状態が続き、同年六月四日摂氏三八度の発熱があり、尿路感染と肺炎を合併したこと、そこで、直ちに、同人に抗生剤が投与されたが、同人は同月六日午後七時五四分死亡(直接死因・脳血栓)するに至ったこと、

5  ところで、同病院医師は、「右にみられた亡信幸の意識障害、左片まひを伴う脳血栓は、一般に内頸動脈またはその分枝である中大脳動脈の閉塞によるものであり、こうした病変が頭部または頸部に外傷がなく、他の身体部の外傷で生ずることは考えられない。また、本件受傷と脳血栓罹患との間の期間的間隔(六九日)、本件受傷による治療中の前記投薬、湿布等が脳血栓発症に影響があるものとは考えられない。既往症として脳軟化症を罹患していることは脳血栓の再発とも考えられる。」旨の判断を示していること、

が認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

以上認定にかかる本件事故の態様・程度、本件受傷の部位・程度、ことに亡信幸には、右事故日の翌日である初診時において頭部ないし頸部に外傷がなかったこと、同人には同年四月二六日脳血栓発症までの期間神経学的に異常はなかったこと、同人の既往症、本件受傷による右治療の経緯等諸般の事情を考慮すると、本件事故と同人の死亡との間には相当困果関係はないものと認めざるを得ない。よって、この点に関する原告らの右主張はこれを採用することができない。

三  そこで、損害について判断するに、《証拠省略》によると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  治療費金一一万八五二〇円

亡信幸は、本件受傷による治療のため、昭和五〇年二月一八日から同年四月一五日まで同病院に通院(実治療日数五日)し、その間、同年三月四日から同月一七日(一四日間)まで同病院に入院し、原告貞枝は、その治療費として金一一万八五二〇円を支出せざるを得なかったものである。なお、亡信幸は、同年四月二七日から同年六月六日(四一日間)まで同病院に再入院し、同原告は、その治療費金五〇万三二六〇円を支払っている(ただし、以上の事実中、請求原因3(二)(1)の事実は当事者間に争いがない。)けれども、この治療費は、本件受傷による治療のために支払われたものではなく、これとは関係のない別の病気、すなわち脳血栓等の治療のために支払われたものであるから、本件事故による損害と認めることはできない。

2  附添費金一〇万八三〇〇円

亡信幸は、本件事故後職業附添人訴外白井幸子によって附添看護を受け、原告貞枝は、同女に対し、本件事故発生日である同年二月一七日から亡信幸死亡日である同年六月六日までの附添費として金六二万七〇〇〇円を支払ったが、本件事故による附添費として認め得るのは、本件受傷の部位・程度、同人の年令、健康状態等に鑑み、右通院実治療日数五日分および右入院一四日(同年三月四日から同月一七日まで)分の計金一〇万八三〇〇円(一日当り金五七〇〇円として計算)をもって相当とすべきである。

3  雑費金九、八〇〇円

原告貞枝は、亡信幸の雑費として、前記のとおり、(イ)薬品代、治療器具代等治療関連費用、(ロ)物品購入および使用費、(ハ)医師謝礼代、(ニ)入通院証明書費用を要した旨主張しているけれども、本件事故による雑費は、金九、八〇〇円(右入院期間同年三月四日から同月一七日までの一四日間分、一日当り金七〇〇円として計算)であると認めるのが相当である。

なお、同原告は、雑費として、右のほか、食事(亡信幸および附添人)、おやつ代、見舞客等接待費、亡信幸の死亡証明書費用を要した旨主張しているが、これが本件事故による損害と認めるに足る証拠はないので、右主張はこれを採用することができない。

4  慰藉料

(一)  亡信幸の分

前記認定にかかる本件事故の態様・程度、亡信幸の受傷の部位・程度、治療の経緯等諸般の事情(ただし、後記過失相殺の点を除く。)を考慮すると、同人の前記受傷による慰藉料としては金六〇万円が相当であると認める。なお、原告らは、同人の死亡による慰藉料の賠償を求めているけれども、前記のとおり、本件事故と同人の死亡との間には因果関係が存在しないから、右請求は理由がないものといわなければならない。

(二)  原告五名の分

原告五名が亡信幸の相続人(原告貞枝は配偶者、その余の原告らは子)であることは当事者間に争いがないところ、原告五名は、亡信幸死亡による近親者固有の慰藉料を請求しているが、右のとおり、本件事故と同人の死亡との間には因果関係がないので、右請求は失当として排斥せざるを得ない。なお、右請求中には、同人の前記受傷による原告五名の近親者固有の慰藉料請求も含まれているものと解せられるところ、亡信幸の右受傷が前述のような程度に止まっている以上、右慰藉料は否定せられるべきであるから、右請求も理由がないものとしてこれを採用することができない。

(三)  相続関係

原告五名は、亡信幸の死亡により、同人の相続人として、法定相続分に従い、前記受傷による同人の固有の慰藉料請求権を相続(原告貞枝につき三分の一、その余の原告らにつき三分の二)したので、その相続分は、原告貞枝につき金二〇万円、その余の原告らにつき各金一〇万円となる。

5  葬儀費

原告貞枝は、亡信幸死亡による葬儀費の賠償を求めているけれども、本件事故と同人の死亡との間に因果関係がないことは前説示のとおりであるから、右請求も理由がないものというべきである。

四  次に、被告らの過失相殺の主張について判断するに、本件事故の態様については前記一のとおりであるが、前掲各証拠によれば、亡信幸は、前方左右を十分注視しながら前記市道を横断進行すべき注意義務があったにもかかわらずこれを怠って横断進行した過失により本件事故を発生させたものであることが認められる。そうすると、本件事故は、被告岩井の前記一の過失と亡信幸の右過失とが競合して発生したものというべく、その過失割合は、被告岩井が八割、亡信幸が二割と認めるのが相当である。そこで、原告貞枝の損害計金四三万六六二〇円、その余の原告らの損害各金一〇万円につき、右割合で過失相殺すると、その残額は原告貞枝につき金三四万九二九六円、その余の原告らにつき各金八万円となる。

五  さらに、損害の填補につき検討するに、前掲各証拠によると、原告貞枝は、すでに被告らから前記治療費金一一万八五二〇円の支払いを受けたことが認められるので、同原告の右損害額金三四万九二九六円から右金一一万八五二〇円を控除すると金二三万〇七七六円となる。

六  次に、弁護士費用についてであるが、前掲各証拠によると、原告貞枝は、被告らが本件損害賠償請求につき任意の弁済に応じなかったので、原告らのため本訴の提起と追行を原告ら代理人に委任し、同代理人に対し、着手金五万円を支払ったほか、報酬金九五万円を支払うことを約束したことが認められるが、本件事案の難易、損害認容額等に照らし、原告貞枝が本訴において弁護士費用として賠償を求め得るのは金六万円が相当であると認める。

そうすると、原告らの総損害額は、原告貞枝につき金二九万〇七七六円、その余の原告らにつき各金八万円となる。

七  よって、原告らの被告らに対する本訴請求中、原告貞枝の右金二九万〇七七六円および弁護士費用を除く内金二三万〇七七六円に対する本件事故発生日の翌日である昭和五〇年二月一八日から、内金六万円(弁護士費用)に対する本訴状送達日の翌日である昭和五三年一月三一日から各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める部分、原告圀弘、同麗子、同紀美子、同祐子の右各金八万円および右各金員に対する昭和五〇年二月一八日から各完済まで前同様の割合による遅延損害金の各自支払いを求める部分はいずれも理由があるのでこれを認容するが、原告らのその余の部分は失当としてこれを棄却すべく、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本朝光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例